楽劇「トリスタンとイゾルデ」第三幕。幕が上がると闇の世界。オーケストラピットも照明をつけず、イングリッシュホルンだけが切々とメロディを吹き続ける。この楽器の響きは、古い丘の上で冷たい風が吹き渡る中、祖先に語りかけるようなおもむきがあります。ケルト伝説をもとにしたこの楽劇の源流を想起させる「冷気」に皮膚感覚が刺激されました。2000.11.27、アバド指揮ベルリンフィル、東京文化会館大ホール1階28列31。
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このオペラの山場は第二幕。約一時間トリスタンとイゾルデは愛を語り合う。歌と歌の間がとぎれることなく永遠に続くかと思われる程美しい音楽が奏でられる。しかしこの舞台上の恋人達は一定の距離を保ち客席の方を向いて歌う。接触を拒む現代人がここにはいるのでしょうか。演奏会形式に近いこの演出は、映画「ポンヌフの恋人」にも出演しているK・M・グリューバー。スケッチは舞台の印象をイメージにしたもの。 |
オーケストラの巨大な音の渦巻のなかでもイゾルデ役のデボラ・ポラスキの声はくっきりと聞き取れます。「愛の死」とよばれる最後の場面では、いつ果てるともなくうち続くイゾルデの美しい歌が終端に近付くにつれて、舞台中央に立つポラスキの顔以外は漆黒の闇となり、開始の時と同じ闇の中に消え入るように終わる。終わった後もいつまでも音とイメージが消えず残ります。 |
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